鉄道模型 国鉄 通勤形直流電車 205系

国鉄 205系 通勤形直流電車

205系電車は、1985年(昭和60年)に登場した直流通勤形電車。

当初は日本国有鉄道(国鉄)により、また国鉄分割民営化後は
東日本旅客鉄道(JR東日本)と西日本旅客鉄道(JR西日本)により設計・製造された

趣味の鉄道模型
 ■鉄道模型TOP
 ■所属車両
 ■入線履歴
 ■電気機関車
  ・電気機関車 1
  ・電気機関車 2
  ・電気機関車 3
  ・電気機関車 4
  ・電気機関車 5
  ・西武 E851・853号機 KATO
  ・EF64形 直流用電気機関車
   38号機 前期形一般色 KATO
   72号機 JR貨物色 KATO
   1001号機 茶 KATO
   1004号機 更新機 TOMIX
   1008号機 更新機 マイクロエース
   1009号機 更新機 マイクロエース
   1028号機 更新機 KATO
   1036号機 更新機 KATO
  ・EF65形 直流用電気機関車
   505号機 特急色 KATO
   506号機 JR貨物色 KATO
   511号機 JR貨物色 KATO
   1037号機 前期形 KATO
  ・EF66 127号機 JR貨物色 KATO
  ・EF210 123号機 桃太郎 KATO
  ・EF81形 交・直両用電気機関車
   59号機 JR東日本色 KATO
   79号機 カシオペア KATO
   80号機 北斗星 TOMIX
   92号機 北斗星 KATO
   92号機 カシオペア KATO
   94号機 北斗星 KATO
   137号機 ヒサシ付JR東日本色 KATO
  ・EF510形 交・直両用電気機関車
   501号機 北斗星 KATO
   510号機 カシオペア KATO
 ■ディーゼル機関車
 ■電車・気動車
 ☆通勤形・近郊形
  ・101系
   中央線 KATO
   800番代 中央線 マイクロエース
  103系
   ATC車 中央線 KATO
   低運転台車 中央線 KATO
   低運転台車 総武線 KATO
  ・201系
 

 中央線 H21編成 KATO

  ・205系
   0番台 横浜線 H21編成 KATO
   0番台 武蔵野線 M64編成 KATO
   1200番台 南武線 ナハ46編成 KATO
   3000番台 八高線 KATO
  ・209系
   500番台 武蔵野線 TOMIX
   3000番台 八高線 宮ハエ64 TOMIX
  ・E231系 通勤形
   0番台 総武線 マイクロエース
  ・E233系 通勤形
   0番台 中央線 H57編成 TOMIX
   0番台 中央線 T21編成 KATO
   6000番台 横浜線 H001編成 KATO
  ・731系 KATO
  ・キハ201系気動車 KATO
  ・115系 近郊形
   300番台 スカ色M40編成 TOMIX
   300番台 スカ色M40編成 MicroAce
   300番台 むさしの号(M40) MicroAce
   1000番台 長野色 C3編成 KATO
 ☆特急形・急行形
  ・253系 特急形
   成田エクスプレス TOMIX
  ・E259系 特急形
   成田エクスプレス Ne010編成 KATO
   成田エクスプレス Ne001編成 TOMIX
  ・キハ283系 特急形気動車
   スーパーおおぞら KATO
   スーパー北斗 MicroAce
 ■客車
  ・12系 急行形
  ・旧20系 ブルトレ
 ■貨車
  ・コンテナ車
  ・タンク車
  ・無蓋車
  ・有蓋車
  ・車掌車・緩急車
  ・貨車(その他)
  ・コンテナ
 ■八トタ

 ■総合TOPページ
 ■北海道旅行・鮭釣り

 

 

 

 ■ 国鉄 205系 通勤形直流電車
 1981年(昭和56年)より、103系に代わる省エネルギー通勤形電車として量産が開始された201系は、量産中にも様々なコストダウンを図りながらも1,000両を超える増備を行ってきた。
しかし、核となる電機子チョッパ制御の製造コストが非常に高価で、当時財政的に厳しい状況に置かれていた国鉄にとっては、より大幅なコストダウンの図れる車両が必要な状況にあった。
この時期には111系・115系などの老朽化置き換えを目的とした次期近郊形車両(現在の211系)用として開発していた「界磁添加励磁制御」方式を実用化に向けて試験を行っていた。
また、同車には新開発の軽量ボルスタレス台車や軽量ステンレス構造、電気指令式ブレーキの採用計画などを進めていた。
その後、1984年度に1985年(昭和60年)3月のダイヤ改正において横浜線・武蔵野線の輸送力増強を行うこととなり、山手線からこれらの路線へ103系を捻出するための通勤形車両が必要となった。
この時点で既存の201系を山手線用に増備するのか、新形式車両を投入するかが迫られていた。
そして、最終的には1984年(昭和59年)6月末に次期近郊形車両用のシステムを使用した通勤形車両として本系列の製造が決定された。乗務員訓練時期を含めたダイヤ改正の前に落成する必要性から、翌1985年1月末に第1編成の落成が決定され、デビューまでわずか7か月という非常に短期間で設計・製造が進められた。
なお、当初の国鉄における計画では首都圏全体の置き換え計画があり、山手線に次ぐ投入線区として中央・総武緩行線に集中投入する計画であった。

形式・製造車両

 【 国鉄設定形式 】
国鉄時代には368両が製造された。このうちJR東日本に340両、JR西日本には28両が継承された。

・モハ205形 (M)モハ204形またはクモハ204形とユニットを組む電動車。
  パンタグラフと主制御器を搭載する。
・モハ204形 (M')モハ205形とユニットを組む電動車。
  電動発電機 (MG) と空気圧縮機 (CP) を搭載する。
  ただし、編成内にモハユニットを3ユニット以上連結する場合は1両のみMGを搭載しないモハ204形が  連結される。この形式は特に番台区分されていない。
・クハ205形 (Tc)奇数向きの先頭に連結される制御車。
・クハ204形 (Tc')偶数向きの先頭に連結される制御車。
・サハ205形 (T)付随車。

 【 JR設定形式 】
国鉄時代にはなく、JR化後に独自に設計された形式である。
JR化後はJR東日本で1,073両、JR西日本で20両製造された。
国鉄製造分を含めた205系全体では1,461両が造られた。

・クモハ205形 (Mc)モハ205形から改造された制御電動車。クモハ204形とユニットを組む。
・クモハ204形 (M'c)モハ204形から改造された制御電動車。クモハ205形orモハ205形とユニットを組む。
・サハ204形 (T')混雑時に対応するために客用扉を片側6か所とした中間付随車。
番台区分(新製車・改造車)および新製車

本節では新製車(新規に製造されたもの)と改造車(新製車の改造で発生したもの)に分け、登場時期の古いものから順に記述する。なお、新製形式であるサハ204形も本節内に記述する。

【0番台量産先行車】
1984年度(初回)に製造された量産先行車で、10両編成4本が該当する。東急車輌製造・日立製作所・日本車輌製造・川崎重工業がそれぞれ1本ずつ製造した。 番台区分上は0番台に含まれ、それぞれ 1 - の番号が付されている。
基本的な構造はその後製造された車両に準じているが、窓形状が上段下降、下段上昇の2段サッシ窓である点が異なっている。 全4本が山手線に投入され、1991年に他の編成と同じく10号車にサハ204形 (1 - 4) が連結され、1997年 - 1999年にかけて先頭車には全編成、排障器(スカート)が設置された。
2005年に埼京線へ転用するサハ204を抜き取った上で山手線から京葉線へ転用され(後述)、結果的に製造時の編成に戻っている。なお、先頭車の運行番号表示器は当初巻き取り式であったが、2000年に後述の0番台量産車とともにLED式に換装されている。

【0番台量産車】
国鉄時代から分割・民営化後のJR東日本にかけて、山手線・横浜線・埼京線・南武線・京浜東北線・中央・総武緩行線と西日本の東海道・山陽本線(京阪神緩行線)に投入された車両がこれにあたる。
近畿車輛がメーカーに加わったが、JR東日本における1989年度以降は川崎重工業一社に集約された(後述)。また、横浜線向けの一部車両はJR東日本の自社工場となる大船工場(現・鎌倉車両センター)で製造されている。
なお、本稿では便宜上側扉の窓が小さいタイプを前期形、大きいタイプを後期形と区分する。後期形の一部は、前面のデザインが変更されている。国鉄時代の製造は前期形のみで、山手線用として10両編成30本が増備され、続いて京阪神緩行線に7両編成4本が投入された。なお、量産先行車の落成(1985年1月末)から半年足らずで量産車の落成が開始されている(1985年7月上旬)。これは同年10月に開業する通勤別線(現在の埼京線)池袋駅 - 新宿駅間開業用として山手線の103系180両を同線に転用する必要があるためであった。
国鉄分割民営化後は、後述の山手線用の再増備を経て、1988年の横浜線用から後期形となり、京葉線・武蔵野線には前面デザインが大幅に変更されたものが投入された。この京葉線・武蔵野線用は従来の前頭部はステンレスと周囲(額縁部)をFRP材で構成したものから、前頭部全体をFRP成形品で覆う構造としたものである。塗色は京葉線用は白色、武蔵野線用は銀色である。

【1000番台(JR西日本)】
1988年にJR西日本が阪和線向けに設計・投入した車両である。全車両が近畿車輛で製造された。0番台と比較して、走行機器・前面窓レイアウトの変更、補助電源装置に静止形インバータ (SIV) の採用など多数の変更点がある。

■サハ204形
JR東日本が、ラッシュ時の混雑に対応するために客用扉を片側6か所とした車両で、1990年より全車両が近畿車輛で製造された。本形式は、朝の最混雑時に対応して立席定員を増やせるように座席を跳ね上げる機能を有しており、車掌が運転席より自動で座席をロックさせることが可能になっている。

【サハ204形900番台】
1990年2月27日付けで新製した6扉車の先行試作車で、2両が製造された。900番台 (901・902) が付与され、本系列で唯一の試作車番台区分となった。当初は山手電車区(現在の東京総合車両センター)に配置され、ヤテ42編成(クハ205-42以下10両)の9号車と2号車に連結されて同年3月10日のダイヤ改正より営業運転を開始した。混雑状況の試験のため、連結位置を8・9号車に変更することも実施されている。

【サハ204形0番台】
900番台の試験結果を基にした量産車。山手線11両編成化用として51両が製造され、1991年(平成3年)12月1日から9日にかけて同線の全53編成中51編成に連結された。

【サハ204形100番台】
1994年12月3日からの横浜線全列車8両編成化用として落成した番台区分。

【500番台】
1991年3月16日の相模線の全線電化開業にともない、同線に新製投入されたローカル線仕様で、従来の車両とは変更点が多いことから500番台に区分されている。2M2T (Tc M M' Tc') の4両編成を組む。

改造車 JR東日本

【南武線向け(1200番台)】
クハ205 1200番台・ クハ204 1200番台の2形式が改造された。
先頭車は1200番台に区分されているが、中間車は0番台を連結する。

【南武支線向け(1000番台)】
クモハ205 1000番台・ クモハ204 1000番台の2形式が改造された。
2M0Tの2両編成で、ワンマン運転に対応し、以前使用していた101系とは異なる車外スピーカーによる発車ベル・チャイムや自動放送を搭載する。

【鶴見線向け(1100番台)】
クモハ204 1100番台・ クハ205 1100番台の2形式が改造された。
2004年 - 2005年にかけて投入された。先頭車はすべて中間車から改造(クハは全車元埼京線、モハ・クモハは元山手線)の 2M1T の3両編成。先頭車のみが1100番台に改番されたため、ユニット間での車号が異なっているが、同一番号の車両を種車としている。

【八高・川越線向け(3000番台)】
クハ205 3000番台・ モハ205 3000番台・モハ204 3000番台・クハ204 3000番台の4形式が改造された。
2003年 - 2005年にかけて投入した。ドアスイッチの設置を伴う半自動ドアとドアチャイムを装備し、先頭車はすべて改造先頭車の 2M2T の4両編成で、中間車も含めて種車は全車元山手線所属の車両である。

【仙石線向け(3100番台)】
クハ205 3100番台・ モハ205 3100番台・モハ204 3100番台・クハ204 3100番台の4形式が改造された。
2002年 - 2004年に103系を置き換えるため、仙石線に投入された。2M2T の4両編成で、改造種車はモハユニットは全車元山手線用で、クハは元山手線用と元埼京線用のサハ205形に運転台を設置した車両である。耐寒耐雪仕様となり、側引き戸レールヒーターや耐雪ブレーキを追加装備している。

【武蔵野線向け(5000番台)】
モハ205 5000番台・モハ204 5000番台の2形式が改造された。
2002年 - 2005年・2008年に武蔵野線に投入された。登場の背景は、205系が多数の地域に転属して電動車が不足していたことがある。同線の車両は、直通運転を行う京葉線地下トンネルの急勾配区間に対応するために8両中電動車が6両という編成を組んでいたが、電動車不足から電動車4両でも同等の性能を確保しなければならなくなり、主回路の変更と主電動機の換装で対応したものである。そのため、電動車のみが5000番台に改番されている。

JR東日本への投入

現在のJR東日本所属車両の座席表地(一般席)は京葉線向け車両はマリンブルー色、それ以外の車両ではグリーン色で区分柄入りのものを使用している。また、横浜線向け車両と武蔵野線向け車両では、座席横袖仕切板上部にアクリル製の風除け板が取り付けられている。

【山手線】
山手線では国鉄時代に引き続いて投入された。ただし欠番発生により、山手線では先頭車の車両番号を編成番号にしているため、国鉄時代製造分の編成番号はヤテ1 - 34編成、JR東日本投入分はヤテ41- 60編成となっている(クハ205-60・クハ204-60まで・なお、ヤテ35 - 40編成の編成番号は欠番)。

【横浜線】
横浜線では1988年9月22日に運用を開始し、蒲田電車区に0番台7両編成 (Tc M M' T M M' Tc')25本(現在のH1 - H25編成)が、1988年9月から翌1989年2月までの半年間に投入され、103系を置き換えた。
この横浜線向け以降の車両では客用ドアのドアガラスが拡大されるとともに、前面に種別・路線表示器(幕式)が設置されている。

【南武線】
南武線では中原電車区に0番台6両編成 (TcMM'MM'Tc')が使用されている。
1990年9月までの4回に分けて6両編成16本が新製投入されている(現在のナハ2 - 16編成)。
2014年(平成26年)7月よりE233系8000番台への置き換えが決定している。

【中央・総武緩行線】
中央・総武緩行線は1988年時点で205系投入計画になかった線区だが、東中野駅における追突事故で車両不足が発生し、翌1989年に本来埼京線用として製造中だった2本を多少仕様変更して投入した。このため、非ATC線区ながらATC仕様(設置準備)車であった。

【埼京線・川越線】
埼京線・川越線では1989年7月1日から運用を開始し、川越車両センターの0番台10両編成 (Tc M M' T M M' T M M' Tc') が使用されている。
なお、埼京線・川越線の205系0番台は2013年6月30日からE233系7000番台の運用が開始されたことにより、置き換えが始まっており、2014年2月28日に定期運用を終了する予定である。

【京浜東北線・根岸線】
京浜東北線・根岸線では1989年秋に4本が、翌1990年秋に2本が投入されている。このうち、前者4本は京葉線、武蔵野線に転用した103系の代替と後者2本は老朽車置換用である。

【京葉線】
京葉線東京延伸開業に伴う快速電車用として10両編成12本が新製投入された。東京開業となる1990年3月10日から運用が開始され、京葉車両センターに0番台10両編成 (Tc M M' T M M' T M M' Tc') が配置されている。

【相模線】
相模線では1991年3月16日から運用を開始し、国府津車両センターの500番台4両編成 (Tc M M' Tc') が使用されている。当初は豊田電車区(現在の豊田車両センター)所属だったが、1996年10月に横浜支社が発足し相模線は同支社の管轄とされたため、1996年12月1日付けで国府津電車区(現在の国府津車両センター)に転属した。

【武蔵野線】
武蔵野線では、京葉車両センターに配置されている0番台8両編成 (Tc M M' M M' M M' Tc') が使用されている。1991年12月1日ダイヤ改正時の武蔵野線輸送力増強を目的とした8両編成化増強用として投入した8両編成5本で、捻出した103系を組み換えることで同線の8両編成化を実施した。最初の1編成はダイヤ改正前から103系の組み換えを行う関係から、6両編成で落成して1991年10月8日から営業運転を開始した。2編成目は10両編成で落成し、その後8両編成2本に組み換えられた。
 (Wikipediaより抜粋)  

 ■ 205系 通勤形直流電車
「リストラおやじの車両センター」に所属している205系通勤形電車
 ■205系 4編成 26両
KATO 10-416 8両 0番台 横浜線
KATO 10-446 8両 0番台 武蔵野線 「特別企画品」
KATO 10-493 6両 1200番台 南武線シングルアームパンタ
KATO 10-494 4両 3000番台 八高線
 ※なお分類・名称は個人的な好みで分けたものです。正式な分類とは異なります。
鉄道模型TOP  所属車両  入線履歴  電気機関車  ディーゼル機関車  電車・気動車  客車  貨車  八トタ